還暦祝い
母親のすぐ下の妹は、寅年。
今年定年退職した、ウフフが口癖だった職場にいたお嬢様と同じ年。
横浜に住んでいる。
でも、子供がいないんだよね。
で、親に、妹の誕生日を聞いておいた。
きっと誰からもお祝いしてもらえないだろうから、何かプレゼントしようと思って。
ちょうど韓国に行ったから、入ってきたばかりだというCOACHの新作財布を奮発して買った。
還暦祝いは、そのお財布と、お祝い10,000円。
あと、韓国で買ったBBクリームも。
そこんち、家でメーカの下請けなんか自営でやってたから、バブルの時期はかなり裕福だった。
伊豆にも別荘買って、毎週末は、ダンナの趣味のつりに出かけて、お財布にはいつも10万単位でお札が入ってて、学生時代は
「お金がある家なんだー!」
と思ってた。
でも、この不況。
しかも自営業だから、国民年金。
仕事は、ほぼなくなって、収入は年金のみになったらしい。
今まで、家の仕事をちょこっと手伝って、適当に部品の半田付けやって、優雅に暮らしていたのに、収入がなくなって、外に出て働かなくては生活出来なくなったらしい。
59歳になって初めて、そば屋で働くことになったと聞いた。
で、誕生日当日、そのそば屋に、お祝いを届けに行った。
お店に入って、
「○○さん、いますか?」
と聞いたら、出てきた。
「今日誕生日でしょう?」
とお祝い渡したら
「はい・・・」
と一言。
ボケたのと思ったよ。
でも、様子がおかしいから
「誰だかわかる?」
って聞いたら
「わかりません・・・」
だって。
知らない人に誕生日のお祝い渡されて、受け取る人いる?!
名前名乗ったら、よーやくわかったようで、外まで出てきたよ。
で、第一声が
「なんでー!!
あんなに可愛かったのに年取っちゃって!!
どうしちゃったの?
40台半ば過ぎに見えるよ!!」
だって。
相変わらず変だった。
そして、憎たらしかった。
母親は4人姉妹+兄。
そのなかでも、
私とは一番合わない、この寅年。
「お財布とお祝いのお金あげたら、涙流して喜ぶよ!!」
って、うちの親が言ってたのに
涙どころか、人の顔見て
「(老けちゃって)どうしちゃったのー?!」
が第一声。
最後は、
「あ、お客さん来ちゃった!!
ありがとう!またね!!」
だって。
涙一つもなかったさ。
こんなもんだよねー。
で、お祝い届けたときに、一緒に働いてる子が若い子だと聞いていたので、韓国で買ったシートパックや化粧品を別に持って行って
「一緒に働いてる人にも、韓国のお土産だから、あげてね」
と言って置いてきた。

そしたら、それを自分の家に持ち帰って、うちの親に
「化粧品、韓国語と英語で何書いてあるか分からないから、使い方を聞いてくれ」
と電話してきたらしい。
あなたにあげたのは、BBクリームのみ。
別の袋にわざわざ入れた化粧品は、職場の人へって言ったのに!!
そう言ったら、親がすぐに電話してくれたようで、
「明日、持って行って渡す」
と言ったそう。
こっちは、仕事中に声かけるから、一緒に働いてる人に悪いと思って、わざわざ持って行ったのに。
自分で持ち帰るって、どーゆことよ!!
お客さんが来て、早々に追い払われて、40台半ば過ぎって言われて、腹たって、このうっぷんを吐き出すために会社に戻ることにした。
会社に戻ると、会社のおばちゃんが、すぐさま食いついてきて
「どうだった?」
「喜んだ?」
って聞いてくるもんだから
「お祝い渡したのに、ぽかーんとしちゃってさ。
誰か分かる?
って聞いたら
ワカリマセン・・・
って言いつつ、お祝いの品は受け取ってるの。
名前名乗るまで、誰かわからなくて、
分かったとたんに
どうしちゃったの?!こんなに老けちゃってー!!」
って言われて、腹たって帰ってきたよ!!」
と、ぜんぶ吐き出し、スッキリ。
でも、おばちゃんが、
「あんたのおばさん、どっかおかしくない?
姪っこでしょう?
面影とか、あると思うけどねー!」
だって。
ま、確かに、10年近く会ってなかったかも。
私の印象が10年前のまま、止まってたなら、老け込んだと思うのも仕方ないかな。
そして、思ったこと。
人間、いい時期が延々と続く訳じゃない。
いま、裕福だって、何年後かには、どうなってるか分からない。
4人姉妹の中で、一番裕福で、お金自由に使いまくってた人が、59歳になって、そば屋で働くなんて、誰が想像しただろう。
一生は、終わったみないと分からないね。
死ぬ寸前に、人生振り返って、
自分は幸せだったな・・・
と思えればいいんだって。

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今年定年退職した、ウフフが口癖だった職場にいたお嬢様と同じ年。
横浜に住んでいる。
でも、子供がいないんだよね。
で、親に、妹の誕生日を聞いておいた。
きっと誰からもお祝いしてもらえないだろうから、何かプレゼントしようと思って。
ちょうど韓国に行ったから、入ってきたばかりだというCOACHの新作財布を奮発して買った。
還暦祝いは、そのお財布と、お祝い10,000円。
あと、韓国で買ったBBクリームも。
そこんち、家でメーカの下請けなんか自営でやってたから、バブルの時期はかなり裕福だった。
伊豆にも別荘買って、毎週末は、ダンナの趣味のつりに出かけて、お財布にはいつも10万単位でお札が入ってて、学生時代は
「お金がある家なんだー!」
と思ってた。
でも、この不況。
しかも自営業だから、国民年金。
仕事は、ほぼなくなって、収入は年金のみになったらしい。
今まで、家の仕事をちょこっと手伝って、適当に部品の半田付けやって、優雅に暮らしていたのに、収入がなくなって、外に出て働かなくては生活出来なくなったらしい。
59歳になって初めて、そば屋で働くことになったと聞いた。
で、誕生日当日、そのそば屋に、お祝いを届けに行った。
お店に入って、
「○○さん、いますか?」
と聞いたら、出てきた。
「今日誕生日でしょう?」
とお祝い渡したら
「はい・・・」
と一言。
ボケたのと思ったよ。
でも、様子がおかしいから
「誰だかわかる?」
って聞いたら
「わかりません・・・」
だって。
知らない人に誕生日のお祝い渡されて、受け取る人いる?!
名前名乗ったら、よーやくわかったようで、外まで出てきたよ。
で、第一声が
「なんでー!!
あんなに可愛かったのに年取っちゃって!!
どうしちゃったの?
40台半ば過ぎに見えるよ!!」
だって。
相変わらず変だった。
そして、憎たらしかった。
母親は4人姉妹+兄。
そのなかでも、
私とは一番合わない、この寅年。
「お財布とお祝いのお金あげたら、涙流して喜ぶよ!!」
って、うちの親が言ってたのに
涙どころか、人の顔見て
「(老けちゃって)どうしちゃったのー?!」
が第一声。
最後は、
「あ、お客さん来ちゃった!!
ありがとう!またね!!」
だって。
涙一つもなかったさ。
こんなもんだよねー。
で、お祝い届けたときに、一緒に働いてる子が若い子だと聞いていたので、韓国で買ったシートパックや化粧品を別に持って行って
「一緒に働いてる人にも、韓国のお土産だから、あげてね」
と言って置いてきた。

そしたら、それを自分の家に持ち帰って、うちの親に
「化粧品、韓国語と英語で何書いてあるか分からないから、使い方を聞いてくれ」
と電話してきたらしい。
あなたにあげたのは、BBクリームのみ。
別の袋にわざわざ入れた化粧品は、職場の人へって言ったのに!!
そう言ったら、親がすぐに電話してくれたようで、
「明日、持って行って渡す」
と言ったそう。
こっちは、仕事中に声かけるから、一緒に働いてる人に悪いと思って、わざわざ持って行ったのに。
自分で持ち帰るって、どーゆことよ!!
お客さんが来て、早々に追い払われて、40台半ば過ぎって言われて、腹たって、このうっぷんを吐き出すために会社に戻ることにした。
会社に戻ると、会社のおばちゃんが、すぐさま食いついてきて
「どうだった?」
「喜んだ?」
って聞いてくるもんだから
「お祝い渡したのに、ぽかーんとしちゃってさ。
誰か分かる?
って聞いたら
ワカリマセン・・・
って言いつつ、お祝いの品は受け取ってるの。
名前名乗るまで、誰かわからなくて、
分かったとたんに
どうしちゃったの?!こんなに老けちゃってー!!」
って言われて、腹たって帰ってきたよ!!」
と、ぜんぶ吐き出し、スッキリ。
でも、おばちゃんが、
「あんたのおばさん、どっかおかしくない?
姪っこでしょう?
面影とか、あると思うけどねー!」
だって。
ま、確かに、10年近く会ってなかったかも。
私の印象が10年前のまま、止まってたなら、老け込んだと思うのも仕方ないかな。
そして、思ったこと。
人間、いい時期が延々と続く訳じゃない。
いま、裕福だって、何年後かには、どうなってるか分からない。
4人姉妹の中で、一番裕福で、お金自由に使いまくってた人が、59歳になって、そば屋で働くなんて、誰が想像しただろう。
一生は、終わったみないと分からないね。
死ぬ寸前に、人生振り返って、
自分は幸せだったな・・・
と思えればいいんだって。



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